社団法人 名古屋東法人会

コンテンツナビ
HOME
お問い合わせ
個人情報保護方針
サイトマップ

法人会とは

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

明倫・旭ヶ丘・矢田3支部合同企画 研修会のご案内

明倫・旭ヶ丘・矢田3支部合同企画 研修会のご案内

来る平成25年2月22日(金)、16時より東濃信用金庫名古屋支店会議室にて
恒例の3支部合同歴史研修会を開催させて頂きます。
今回は25年度NHK大河ドラマ『八重の桜』の主人公。新島八重の生涯について
お話をさせて頂きます。
八重と言えば、京都の同志社大学創設者である新島襄の妻であるというイメージが強いのですが、その知名度は意外と低いのが、現状であります
特に彼女が幕末維新で最も辛酸を舐めさせられた会津藩士の娘である事は、ドラマ化決定以前の段階において、初めて知ったという方も多いのではないか?と思います。
幕末・明治・大正そして昭和の4つの時代の中で、彼女は86年の生涯を生きたのですが、
若い時は『幕末のジャンヌ・ダルク』、京都に上り新島襄と結婚してからは『ハンサムウーマン』、夫を失ってからは、篤志看護婦のリーダーとして日清・日露戦争の看護活動を主導。
『日本のナイチンゲール』と呼ばれる等、様々な顔を持っている女性でもありました。
明治維新によって、既存の価値観が崩壊。近代日本の幕が上がったのですが、女性の立場は、依然として弱い物でありました。
そういう時代状況の中、時には厳しいパッシングを受けながらも、彼女はその積極的な
姿勢と『ならぬ事はならぬ!』という会津魂を併せ持ちながら、女性の社会進出のパイオニアとして活躍しました。
どんな逆境に直面しても決して諦めず、新しい環境に途惑いながらも、道無き道を突き進み、満開の桜の花を咲かせた女性 八重。

さあ 皆様も彼女の足跡を辿る旅を始めませんか?
(明倫支部の歴史オタク 小川剛史)

申込はこちら(PDFファイルが開きます)から

八重の桜
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。